コミックス・コード

コミックスに表現の規制がかかるようになる

1940年以降、コミックスは子どもの娯楽としてアメリカ中に広がっていて、大変な人気を誇っていました。
しかし、コミックによっては、暴力的な内容が描かれたり性的な描写が入ることもありました。
そのため、子どもへの影響を危惧する声が上がってきます。

とりわけ、1954年にとある本が出版され、コミックの子どもに与える影響が大きく取り上げられるようになりました。
その本は、心理学者のフレデリック・ワーサムという人が書いたもので、コミックの表現が子どもに暴力的な思考パターンを植え付けることになると警告したのです。

この本がきっかけで全米でコミックにおける表現を規制すべきだという主張が広まりました。
そして、出版を禁止する運動が各地で起こり、中にはコミックを公の場で燃やしてしまうという過激な行動を取る人まで出始めました。

ついにコミックスコードがかけられようになる

こうした全米各地の動きに呼応して、コミックスを出版する会社があつまり、コミックスコード局なるものを創設しました。
そして、自主規制という形で不健全な表現をなくし、子どもへの影響を抑えることを約束したのです。
ほとんどのコミックに、このコミックスコードの審査が及び、審査を通過したものだけが出版を許され、世に出ることになったのです。

これは、映画で言うところの映倫のようなもので、事前に局が内容をチェックし、暴力的また性的な内容が含まれていないかを確認していました。
その規制はかなり厳しく、流血シーンが収められていたり、主人公が殺されるという場面がある場合は、審査に通らないというものでした。
そのため、犯罪ものや警察もの、ホラー系などは事実上発禁に近いものとなり、アメコミから一時期この分野の話が消えてしまうという事態になりました。

その中でも生き残ったスーパーヒーローたち

このコミックスコードの影響は大変大きく、コミックを中心に出版活動を行っていた会社が軒並み倒産するという事態にまで発展しました。
しかし、こうした強い表現の規制があったにも関わらず、いわゆるスーパーヒーローたちは生き残ることができました。

表現を適宜調整して、しっかりとストーリーを保ちつつコミックコードにかなう内容にしていったのです。
子どもへの夢を与えるコミックとして、とても大事な役割を担っていたヒーローたちですから、時代が必要としていたのでしょう。

この時代の流れは、コミックがよりヒーローものへ集中するという傾向を作り、ヒーローコミックが発展する要因ともなりました。
そして、ヒーローもののコミックを多く抱えていた出版社が強くなり、業界のメインとなっていくという、業界地図を変える働きもしたのです。